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 【ブックレビュー】11月12日発売 『慧眼<問題を解決する思考>』 大前研一著


レビュープラスさんから、本日12日の『慧眼 <問題を解決する思考> (大前研一通信 特別保存版 Part.?)』を献本して頂きました。いつもありがとうございます。


慧眼 <問題を解決する思考> (大前研一通信 特別保存版 Part.?)

まず、タイトルでもある「慧眼」には、物事の本質を見抜く鋭い眼力、鋭い洞察力という意味があるそうです。


私は、企業のトップとして働いているわけではないし、一線でバリバリと活躍しているわけでもないし、経済も政治もニュースで知る程度という状況であり、正直、大前さんの著書は、私のようなわからんちんが読む本ではないと思っていました。この時点で、思考停止状態。いかんですね。

きっと、内容も難しいのだろうし、志の高い人が読むのだろうなと。

今回は、献本して頂ける機会があったので、思い切って、読んでみることにした。

というわけで、僭越ながら、こちらの本をレビューさせて頂こうと思います。


まず、本書は、大前氏の発言が中心にまとめられていて、また、氏が開学した「ビジネス・ブレークスルー大学院大学」で、実際に議論された問題(もし、あなたが○○だったら、この問題をどう解決する?など)も散りばめられているので、わかりやすく、スラスラ読めてしまった。

うーん、やっぱり、固定概念はよくないよね。

そして、ガツーンと頭を殴られたような感覚に陥りました。
うすうす知ってはいたけど、再認識させられたというか。

なんだか、「これではいけない」という気持ちがものすごく盛り上がってしまい、どうやって、このレビューを書くか、迷ってしまいました。

あまりにも反省やら、悲しみや怒りや、色々な感情が高まってしまい、今までにないくらい、まとまりがなく、散乱したレビューになることをお許しください。


内容ですが、「日本人は論理的に考えることが苦手」ということ。
確かに海外に行くとそれがよくわかる。ディベートが苦手だし、自分の中の結論が頭の中に浮かんだとしても、それが途中で揺らいでしまうと、その先や代替案を考えるのが難しかったりする。

個人では、「苦手」で済むけれど、会社や国の単位になるとそうはいかない。
何十人も何百人も、そして1億数千万の人の命に関わる事だって起こり得る。

今年は、100歳以上の行方不明のお年寄りがいることが判明した。
中には、記録上、江戸時代(だっけ?)から生き続けている方もいることになっていた。

杜撰だ。
いや、杜撰なのは仕方ないかもしれないけれど、多分、日本人という気質もあり、きっと、これも知ってはいたけど何もしてこなかったのではないかとまで思えてしまう。

あまりにも、どうにもできなくなったから、発表することになったのではないだろうか。

ミスがあったのは仕方がないと思う。
でも、それを隠してしまう体質。
すぐに改革できない体質。

結局、解決策をきちんと説明してもらったという感覚はない。
私が無知なだけかもしれないが、「プライバシー」がどうしたのとか、問題点をぼやかしてしまい、ミスをしてしまった言い訳をしているだけに聞こえる。

例えば、国民ひとりひとりのDNAを登録して、亡くなった時には、すぐさま照合し、データを修正していくとか。
もちろん、正規の手続きを踏まない遺体(家に隠しているとか自分で火葬するなど)は、これが難しい。
でも、簡単に考えても、高齢者なのに保険を使っていない期間が長くあるとか、例えば、85歳以上だったら、年に1度は訪問してみるとか、そんなやり方でも、少しはこの問題の解決に近づく気がする。

DNAなんて、プライバシーだし、そんなので管理されるのは嫌だと思う人も多いだろうが、私たちは「日本」という国の国民であり、その国は、国民の生活に責任を負っている。

その国が、実情を把握する為に、「国民を管理する」のは当然のことだと、私は思う。

マイナスなイメージが先行しがちだが、公平に社会システムの恩恵を受ける為、また、犯罪の抑止などにも役立つかもしれない。

その情報が「完璧に守られる」という部分に揺らぎがあるので、確かに、全ての情報を預けるのは怖かったりもする。

でも、そうしたことで、不正に使われるお金を少しでも減らすことができ、国の破綻への道の進路を変えられるのならば、ああだこうだ言っている場合ではないように思う。

今回の問題に関して言えば、不正に年金を受給した人の中には、「生活が苦しいからもらっていた」
そう主張する人も多いだろうと思う。でも、生活が苦しくても違う形で生活をしている人もいる。
確かに机上の空論であるかもしれないが、それは「言い訳」以外の何物でもない。

だからって、そういう部分を放置していいという訳ではない。

杜撰な管理を正し不正が起きない仕組みを作り、必要な人には別の形で助けられるようにする。
抜け穴を無くすのは難しいかもしれないが、もっと「本気」で管理をすれば、違うと思う。

私も含め、日本は裕福、先進国という仮の姿の上に、胡坐をかいて、安心している感がある。
国は無くならない。
なんだかんだ言って、生活できる。

見た目にはそうだ。
好きな洋服を買い、電化製品や車を持つのも当たり前、海外旅行にも行く。
だけど、実際の日本は、借金国だ。

身近に感じないから、問題にも思えない。
これからどうなっていくのだろうかなんて、どうでもいい。

国が明日、突然、無くなったら、どうするんだろう。
何ができるんだろう。
大げさかもしれないけれど、笑い事ではないんだ。
今の日本。
実際はどんな状態なのかわからないから、考えないで済んでいるだけなのだろうと思う。


そして、このレビューを書いている間に、尖閣諸島問題に関するビデオが世に知らしめられることとなった。

連日、「犯人は誰か」とか、そういう部分の「責任問題」を追及することに時間を費やす国会。

ここでも、「物事の本質」が見えていないことが、露呈されている。
そんなことに時間をかけるべきでないし、大声を出して怒鳴ることではない。

ビデオが本当なのか、静かに分析して、国として対外的に、どう対処するかを考える。

事なかれ主義では終われない、それこそ「日本」として存続できるかどうかの瀬戸際の状況がやってきていると思う。

誰だって、戦争は好ましくないと思っているだろう。
でも、自国が悪くないのにうやむやにされて、むしろ、相手から攻撃を受けるのを甘んじるのは、あまりにも弱腰すぎる。

もっと主張すべきだ。
そして、その主張をするには、「こういう場合はどうする」というシュミレーションが、何層にも考えられ、しかも、対応できるパワーを持っていなければならない。

マニュアルを踏襲し、失敗を恐れ、あまり波風を立てずに、武士は黙って死ぬというような美学を教え込まれてきた日本人には、「自分で考えること、その上で、意思を伝えること。更にこじれた時に、問題を解決する力」は、とても難しい。

でも、例えば、学校のクラスの中で考えてみると、何を言っても反論せずに、「お金ちょうだい」と言えば出してくれ、殴っても殴り返さず、文句さえ言わない子がいるとしたら、どうだろう。

日本は、今、そんな国だ。

感情的に暴力的になればいい、という話ではない。
何かを主張するには、その裏で、膨大な調査、現状の把握、未来の予測がなくてはならない。

私レベルでは何もできないが、心底「考えられる人」になりたいと思った。

と、ここまでレビューを書いてきたが、まとまりもなく、主張もぼやけている。
私も典型的な「考えられない人」だということが、露呈した。

本書を読むと、大前氏の考える解決策なども多く現されていて、確かにこんなことができれば、うまくいくのではないかと気づかされる。(その内容は、このブログではあえて明かさないことにする)

日本の古い体質から見れば、前進的な意見も多いので、実際に形にするには、本当に国づくりに携わっている人の心の改革から必要だと感じた。

本書を読むと、「ああ、何でこんなに考えてこなかったんだろう」という気持ちがむくむく湧いてきた。


ほら、まとまりがなく、とっ散らかった。

それでも、これだけは言える。
私を居てもたってもいられなくしてしまった1冊であるということを。





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