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 新しい命が誕生しました!

11月4日、午前1時32分。
新しい命が、この世にデビューしました。

妹が2人目を出産♪
私にとっては、2人目の姪っ子です。

小さな命が誕生すること、本当に嬉しいことですね?☆

「病院に入院した」と聞いてから、野菜を切る手がおぼつかず、心臓がキューってなるくらい、ドキドキしていました(笑)

無事で、本当によかった。

ということで、今日は私の出産のお話を少し。


育児ブログ・ランキングに参加しました♪
妹が初めて出産したのは、2006年のことでした。
同時に、私に初めての姪ができました。

その時は、自分は出産未経験でしたので、もう単純に「よかったねー」、「可愛いねー」、「いいなー」と思い、小さな赤ちゃんの可愛らしさに、目を細めているだけでした。

その後、私は2度の出産を経験し、小さな命を授かる奇跡、お腹の赤ちゃんと2人で過ごす10ヶ月間、そして、出産は命がけだという事がわかり、今回は、本当に無事であることを切に願っていました。


私が初めて出産したのは、2007年。
その前の年、妊娠がわかってから、それまで働いていた会社を辞め、妊婦生活に入りました。

初めてのつわり、だんだん重くなるお腹。
当たり前だけど、全て、今までの人生にはなかった経験で、とまどいつつも、それなりに楽しんでいました。

自然な出産に憧れ、助産院での出産も考えていましたが、7ヶ月の頃から、お腹の中のベビーが逆子になり、回る気配なし・・・ということで、助産院は諦めました(助産院は、救急の処置ができない為、逆子を始めとしたリスクのある出産は受けてもらえません)

でも、出産の前日でも回ってくれればいいからと思い、お灸や針に通いました。
家でも、自分でお灸をしました。

毎回の検診で、お腹の中の状態を教えてもらい、「順調です」の言葉をもらい、エコー写真(モノクロのお腹の中、ベビーの写真)をもらい、検診がとても楽しみでした。

でも、その日は突然やってきました。
2007年3月30日。
出産予定日の5月6日を約1ヵ月後に控えた34週の検診。

私は、また、お腹の中の様子を眺められるのを楽しみに、検診に向かいました。
お腹の中のベビーの様子を見られる(全体像)が最後かもしれないと思い、この日の検診は、旦那さんも誘いました。

いつもの通り、病院に行き、体重測定、血圧測定。

血圧が、140台。
それまでは、110とか高くても120位だったのに。

2回目に測ると、150台。
看護婦さんの動きが慌しくなってきました。

何が起こっているのかわからないまま、もう一度測定すると、170台に。
妊婦高血圧症の診断を受けました。

そして、別室で赤ちゃんの心音を聞き、すぐに入院の病棟に移されました。

総合病院でしたが、35週未満なので、NICUがなく、もしも出産になっても診れないから・・・と、救急搬送されることになりました。

点滴を打ちながら、搬送先の病院が決まるのを待つ。

私も旦那さんも、事の重大さをわかっておらず、談笑していたことを覚えています。

「慶応大学病院か、都立大塚病院に打診しています。決まったら、私も一緒に乗っていきますので、安心して下さい」と先生。

何?なんだか、大変な事になっているの!?

自覚症状がなかったので、その時も、周りの緊迫した状況を理解できずにいました。

そして、救急車に。
救急車に乗ると、救急隊員の方も先生も「大丈夫だからね、落ち着いてね」と声をかけてくださいました。

病院到着。
検査をして、即入院。

その次の週の早朝に破水。
診察して頂くと「子供の足が見えてるぞ!早く手術室!!」と先生が叫び、私は旦那さんにも連絡を取れないまま、手術室に行く事になりました。

早々に麻酔を打たれ、朦朧とする意識の中で「手術同意書」みたいなものにサインをし(多分、字になってなかったと思います)

気がついたら、ベッドの上でした。
旦那さんや父と母の声が遠くで聞こえていました。

「産まれたよ」
「大丈夫?」

でも、半分、夢の中にいるようで、多分「うん」とか答えるのが精一杯だったと思います。

息子は、早産児、低出生体重児でNICU(新生児特定集中治療室)に。

私が面会できたのは、出産から3日経った時でした。

同じ病室のママたちは、赤ちゃんにおっぱいやミルクをあげ、オムツを換えていました。

私は、決められた時間の面会のみ。

「どうしてこうなっちゃったんだろう」と、とても寂しく悲しい思いをしたことを覚えています。

妊婦高血圧症は、重症なれば、母子共に命の危険もあったこと。
このタイプの搬送は、受け入れてくれる病院が少ない可能性があったこと。
そう考えると、とてもラッキーだったと思います。

でも、最初は「人と違う」という出産や赤ちゃんの状態に、本当に辛い思いをしました。

もちろん、無事に産まれてくれただけで、感謝なのです。

反面、憧れもあった分、分娩台に上がり、陣痛と戦い、出産し、産声を聞く。
そんな普通のことができなかった事、どうしようもないけれど、今でも後悔していないわけではありません。

息子がこの世に誕生した瞬間を知らず、その産声も聞く事ができなかった。

それに、誰よりも赤ちゃんの誕生を心待ちにしており、立ち会いたかった旦那さんの希望を叶えられなかった事。

後から聞いたのですが、私が救急車で運ばれた時は、桜が満開で、病院の前の桜並木では、桜吹雪が舞い散っていたそうです。

そんな事もあって、実は、今でも、満開の桜を見たり、救急車の音を聞くと、胸がキュっと締め付けられるようになったり、ちょっと前までは、涙が出てきていました。

これは、誰にも言わなかったことですが、最近はだんだん、その度合いも少なくなってきたので、告白します(笑)

それでも、昨年、また新しい命を授かることができ、前回が帝王切開だったので、同じく帝王切開にはなりましたが、今度は、本当に順調に妊婦生活を送ることができ、今年の2月、予定通りの出産をすることができました。

妊婦高血圧症は、再発の可能性がとても高いので、再発せずに出産を迎えられたことは奇跡的で、旦那さん、実家の母を始めとして、周りの協力がなければ、成し得なかった事だと思います。

友人たちも、励ましてくれました。

小さく産まれた息子も、その後は、大きな病気もせず、本当に元気に育ってくれ、無事に2歳半を迎えました。

新しい命を世に送り出すということは、本当にその瞬間まで、何が起こるかわからず、たくさんの奇跡が重なり、命を懸けていることなのだと思います。

こんな経験もあり、妊婦さんを街で見かけるたび「無事の出産を」と祈らずにはいられません。

そして、妹が無事出産を終えることができ、本当に嬉しく思います。


それぞれの出産は、一つとして同じものはなく、それぞれのドラマがあると思います。嬉しいことも、辛いことも悲しいこともあるかもしれません。

でも、やっぱり、コドモは幸せを運んでくれますし、とても素晴らしい宝物です。

長くなってしまいましたが、全ての妊婦さん、これから妊娠を考えている方、是非是非、頑張って下さい♪

そして、この場を借りて、私が2人のコドモに恵まれ、2人とも元気に育ってくれていることに感謝します。

ありがとう。


たまひよSHOP 入院出産準備チェックリスト

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08:26 | コドモ!
comment(4)     trackback(0)
comments
出産のこと
お話くださりありがとうございます。
近い将来、わたしもママになる時がきます。

とても参考になりました。
お話くださった勇気に感謝いたします。

2009/11/05 12:18 | | edit posted by みっころ
No title
新しい命に乾杯!
おめでとうございます。
感動言葉にはなりませんよね。
赤ちゃんが幸せを運んできましたね(^^)v
喜びと幸せがこちらまで伝わってきました。
2009/11/06 21:46 | | edit posted by メロンパン
みっころさん
出産は、一度たりとも同じ事はないですし、ベビーと自分と、もちろん旦那さんや周囲の協力、奇跡が重なって、できることだと思うので、ちょっと重い内容ですが、書いてみちゃいました。

みっころさんも、ママになる時がやってくるんですね☆
2009/11/09 15:36 | | edit posted by おひさま☆
メロンパンさん
本当に、無事に産まれてよかったです。
予定より、3週間近く早かったので、ちょっとドキドキしていたのです。
出産って、神秘ですね~!!
2009/11/09 15:37 | | edit posted by おひさま☆
comment posting














 

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